盛岡市「東山堂」のWEBのCMの凄さ

CMの概念をひっくり返す「泣ける実録」の凄み

img_2a6da24b95e2faf23fe04b6a418e5021248721

これまでの概念を覆すCMの登場

15秒ないしは30秒――。

限られた短い時間の中で視聴者にわかりやすく訴え、商品やサービス、企業、ブランドなどのイメージを植え付ける。映像を主体にしたCM(コマーシャル・ムービー)の世界は、テレビ番組に挟み込まれることを前提として発展してきた。

だが、ここへ来てこれまでの概念をひっくり返すようなCMが登場してきている。舞台はインターネットだ。

HPの情報によると、この4分45秒にわたる映像は4カ月後に控えた息子の結婚式のため、2014年6月からサックスを習った父親の様子が克明に映像で描かれている。息子さんの結婚披露宴の当日が訪れ、さらに妹さんたちまでも……。

映像をぜひとも見ていただきたい。筆者はこれを何度も見てしまった。思わずもらい泣きした。何度見ても泣ける。今年2月下旬に公開され、再生回数はこれまでに30万回を超えている。

「これはドラマ?」と一見思うが、大きな間違い。最後に流れるのは「Supported by TOSANDO music」の文字。いわゆるドキュメンタリーCMだ。ひとつのコンテンツといってもいい。岩手県で、書店や音楽教室を展開する東山堂が作成した映像である。

仕上がっている内容は、まるでテレビ番組のひとコマのようだ。

冒頭にナレーションが入っていたら、普通にテレビ番組のワンコーナーとして使えそうだ。放送作家の筆者から見ても、番組のサプライズ企画として、成立しそうなネタに見えている。全国ネットのテレビで放送したとしても、支持されるに違いないレベルの出来栄えだ。

きっと父親が東山堂へサックスを習いに来たときに、この企画が浮かんだのだろう。しかも、映像に言葉はなく音楽だけでそのすばらしさを伝えている。本当に素敵だ。新婦が涙を流す場面では、「あれ?これって、新婦のお父さんだっけ?」と一瞬思ったぐらい。それも含めてドキュメンタリーの醍醐味がある。

「アジア太平洋広告祭」入賞のコンテンツ力

この東山堂が、このような映像を作ったのは今回が初めてではない。実は以前にも次のような映像を作っている。

2014年3月に公開され、再生回数はこれまでに270万回を超えている。筆者は以前、ある大企業の会議でこの映像を流した。するとその企業の女性社員が号泣したことがある。

これは、完全ドラマである。俳優さんが登場している。新婦の父親がピアノを弾けるまでを物語にしている。実は、地元の制作会社「マエサク」が作り、今年3月にタイで授賞式が開かれた「アジア太平洋広告祭(ADFEST)2015」のフィルム部門で銀賞を受賞した。

筆者はこれを最初に見たときに、本当に感動して結構泣けた。一方、冒頭のドキュメンタリーを見てからは、「作り物」に見えてしまった。やはり、リアルなドキュメンタリーの力はすごい。美しいドラマのワンシーンよりも、不器用なドキュメンタリーの方が数倍、力がある。

もちろんこの映像を見たからといって、東京に住んでいる筆者が、東山堂に楽器を習いに行くというのは現実的ではない。多分、集客は岩手県の一部地域だ。電車で何時間もかけて通うようなサービスではない。もし、テレビCMなら地域の人だけが知って終わっただろう。それで必要な集客もまかなえただろう。でも、普通なら一生涯知ることがなかったはずの岩手県の東山堂を知ることになった。日本全国の人々にも知れ渡っている。

時間や場所を選ばないアプローチがもたらす変革

これらの映像は、ネットの動画配信サイト「YouTube」で見ることができる。閲覧はもちろん無料である。ネットのコンテンツは内容がいいと評価されれば、ユーザーがそれをFacebookやTwitterなどのようなSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)などで紹介し、広がっていく。リアルな口コミやメールなどで伝わっていくこともあるだろう。さらには本記事のようにメディアに取り上げられて、多くの人が知るところとなる。その輪が、自己増殖的にどんどん拡散していく。

しかも低コストだ。仮に全国ネットのテレビ放送で300万人の目に触れるようにしようとするなら、いったいいくらのコストがかかるか。しかも、数分にわたる映像をテレビCMとして流すことは、まずできない。

インターネットが全国に行き渡っただけでなく、通信環境の改善もあり、ハイスペックな動画(映像)をストレスなく見ることも可能になった。しかもパソコンだけでなく、スマートフォンが爆発的に普及したことで、お茶の間のテレビのように家族向けではなく、ひとりの個人単位にまで情報が届けられるようになった。その時間や場所も選ばない。場合によって国境すら超えられる。

有名タレントを使い、短い時間で慌ただしく商品・サービスや企業・ブランド名を伝えたのではない。まったく普通の人が無言で織りなすドキュメンタリーであっても、ひとつのCMとして成立させられる。東山堂のCMは、これまでのテレビCMとはまったく違う世界観とアプローチなのである。映像広告の世界がこれから少しずつ変わっていく端緒になるかもしれないとさえ、予感させる。