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2009-03-30

人間万事塞翁が馬

■F1大変革の年

 2009年、F1は大きな変革の時期を迎えた。コンペティション向上とコスト削減を主眼に、かつてないほどの規模でレギュレーションが変更されたのだ。

 あまりに空力性能を追求した結果、追い抜きが困難になったマシンから多くのエアロパーツを取り除き、前後ウィングはオーバーテイクをしやすくするためサイズやカタチが変えられ、フロントウィングにはドライビング中フラップ角度を調整できる機構が追加された。そしてグリップ増を狙い、1998年から禁止となっていた溝なしのスリックタイヤが復活した。

 ブレーキングで得られるエネルギーをバッテリーに蓄え、オーバーテイク時に利用する“運動エネルギー回収システム”ことKERS(Kinetic Energy-Recovery System)導入もニュースのひとつ。KERS搭載は義務ではなく、まだ開発途上にあるため、その投入時期に各チームは神経を尖らせている。

 これら多くの変更点を、開幕後の合同テスト禁止という厳しいテスト制限下で熟成させなければならないのだ。

 今シーズン、すべてのチームがきわめてタフな戦いを強いられるであろう。そしてこの大変革が、これまでに確立されたチームのヒエラルキーを崩してくれれば、下克上の様相を呈するF1はよりエキサイティングになるだろう。その予感は、早くも開幕戦で的中することとなった。

■ブラウンGPにみる「翁が馬」

 2008年12月に発表されたホンダF1撤退というビッグニュースを受け、元ホンダチームは僅か3カ月強のうちに新オーナーを探し、同時に開幕戦までの準備を進めなければならないという困難なタスクに取り組まなければならなくなった。

 買収先の名前が浮かんでは消え、時間だけが過ぎていく。チーム代表のブラウンが、自らの名前を冠した「ブラウンGP」として参戦すると正式発表したのは、開幕まで1カ月を切った3月6日のことだった。

 直後にシェイクダウンされたメルセデスエンジン搭載「BGP001」は、いきなり好タイムを叩き出し、周囲を驚かせた。

 そしてデビュー戦オーストラリアGPがはじまると、2人のドライバー、ジェンソン・バトンとルーベンス・バリケロは、不調にあえぐマクラーレンやフェラーリといった“ビッグチーム”を尻目に常にトップ10に食い込み、予選ではなんとフロントローを独占してしまった。

 決勝では、2番グリッドのバリケロのマシンにアンチストール機能が働き失速、早くも1-2フォーメーションが崩れたが、トップを守ったバトンは早々に4秒程度のマージンを築くと後続のペースに合わせてレースをコントロールした。

 レース終盤、2位を争うセバスチャン・ベッテル(レッドブル・ルノー)とロバート・クビサ(BMWザウバー)が接触・クラッシュすると、バリケロが2位に返り咲き、なんとブラウンGPは初戦を1-2フィニッシュという最高の結果で飾ることとなった。

 デビュー戦の優勝は32年ぶり、1-2位独占は55年ぶりというまさに快挙である。しかし記録上は初参戦であっても、ブラウンGPのほとんどは、かつてのホンダなのである。

 BGP001は、「ホンダRA109」としてグリッドに並ぶはずだった。昨シーズン早々にうだつがあがらない「RA108」開発に見切りをつけ、ホンダとブラウンにより入念につくられたニューマシンは、その花をホンダとして咲かすことができなかった。

 多くのホンダ関係者が、オーストラリアでのブラウンGP躍進に喜んでいるだろうが、複雑な思いを抱いていることは察するに余りある。

 「とても衝撃的な数カ月だった。これだけ強く、そして信念を失わなかったみんなに、とても感謝している」とは、レース後のウィナー、バトンの弁。レースシートを失いかねない状況下、チームを信じ強さを固持し続けたのは、バトン本人も同じである。人間万事塞翁が馬とは、まさにこのことである。

■バトンを追ったベッテル、フェラーリ&マクラーレンの不調

 レース中バトンを執拗に追ったのが、トロロッソからレッドブルに移籍した期待の若手ベッテルだった。バトンとトップの座を争うことはなかったが、この2台は後続を引き離し、奇才エイドリアン・ニューイが手がけた「レッドブルRB5」とベッテルのコンビネーションのよさを垣間みることができた。

 しかし残り3周というところで、急激に追い上げてきたBMWのクビサと、タイヤに問題を抱えていた2位ベッテルは接触、両車はリタイア。ベッテルはこの件で、次戦マレーシアGPで10グリッド降格のペナルティを受けることとなった。

 フェラーリ勢は2台ともノーポイントという散々な結果に終わった。フェリッペ・マッサは6番グリッドから一時表彰台圏内を走行したが、サスペンショントラブルで戦線離脱。2007年チャンプのキミ・ライコネンは自らのミスでウォールにヒットし完走扱いの16位となった。

 ディフェンディングチャンピオン、ルイス・ハミルトンを擁するマクラーレンは、冬のテストから新型「MP4-24」に手を焼いていたが、アルバートパークでもその傾向は続いていた。

 特にハミルトンの不調は深刻で、金曜、土曜を通じトップ10に入ったことは一度としてなく、予選ではQ2でギアボックストラブルを起こし、交換のため18番グリッドからレースにのぞむこととなった。

 レースではライバルの脱落に乗じてポジションを上げ、トヨタを駆るヤルノ・トゥルーリのペナルティもあって3位6点を手に入れたが、 MP4-24に問題があり、ドライビングに苦労していることは誰の目にも明らかだ。チームメイトのヘイキ・コバライネンはスタート直後の混乱に巻き込まれ 0周リタイアをきっしている。

■F1新時代に向けて

 全17戦のシーズンは1戦を消化したのみ。マクラーレンやフェラーリがこのままで終わるとは考えにくいが、オーストラリアでのブラウンGPはまさに別格だった。コンストラクターズポイント18点でダントツの首位につくことを、昨年末、誰が予想できたであろうか?

 100年に一度といわれる世界的不況が、昨年末のホンダF1撤退の引き金になったことはいうまでもない。自動車メーカー系チームが台頭した21世紀初頭のF1は、メーカーの存在をあらためて考え直す機会に直面している。

 自動車メーカーの本業がクルマづくりなら、困難な時代に経営資源を本業に集中させることは至極真っ当なこと。ならばレースを本業とするレーシングチームは、ひたむきにレースに取り組めばいい。

 ホンダからブラウンGPへの転身とその躍進は、F1が原点回帰する、ひとつのいいきっかけになるのかもしれない。そう考えると、暗いニュースにも明るさを見ることができるのではないだろうか。

 次戦決勝は4月5日、灼熱のマレーシアが舞台だ。

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